(写真:Noir by FIT Museum)
今日は、マディソンです。
今日はFIT美術館に来ています。FITはFashion Institute of Technology の略で、ニューヨーク州立大学のうちの一つ。アート、デザイン、テクノロジーを専攻できますが、ことファッションに関しても、短大、大学、大学院があり、マンハッタンではパーソンズと並んで服飾系の教育機関の2大巨頭のように扱われているんです。
たくさんの人気ファッションデザイナーが在籍していたことで知られていますが、一番有名なのがカルバン・クライン、それにマイクル・コースでしょうか。どちらも、ニューヨーク的デザイナーですね。
そんなFITに隣接している美術館は、ファッション業界的には刺激的なテーマを毎回選んで展示していることで知られていますが、ただ今“魅惑的な薔薇とファッション”という、ため息が出るくらい美しい、バラをモチーフにしたドレスやバッグで溢れています。
(写真:Noir by FIT Museum)
真っ赤な薔薇のドレスに緑の茎なのかトゲなのかがモデルの髪にからまっているデザインは、コムデギャルソンのデザイナーである二宮啓さんの作品、とてもパワフルですね。
(写真:77.89.3_02 by FIT Museum)
(写真:77.89.3_01 by FIT Museum)
今回の展示に集められたドレスなどの作品数は130点。コロナ禍で鬱々としていた気配をいっせいに振り払うかのように色とりどりのばら、バラ、薔薇。18世紀頃に根気よく作られた手製の刺繍による薔薇のドレスがあるかと思えば、近年のジェンダーフリーな作品もあり、年代的にはかなり幅があります。でもそれはつまり、何時の年代でも薔薇はファッションのモチーフとして常にデザイナーのインスピレーションを刺激してきたということでもあるんですね。
写真のドレスはチャールズ・ジェイムズの1937年の作品。ネオ・ロマンティックなこのドレスは、ニューヨーク社交界にデビューを果たしたエスメ・オーブライエン嬢が晴れの日に身にまとったものだそうです。
社交界デビューと言えばまだ10代でしょうし、その美しさも艶やかというよりは溌剌と若々しい花のそれに近い、その辺りが胸元の薔薇で表現されているようですね。展示作品を監修したヘイエ教授によれば、女の子の誕生から、結婚、そして死に至る過程を薔薇になぞらえる風潮は、ローマ時代から既にあったそうです。
(写真:86.136.7_01 by FIT Museum)
(写真:86.136.7_02 by FIT Museum)
黒、それともグレー?といって本来自然にはそんな色の薔薇は無いんですが、アメリカのデザイナーであるハリー・ゴードン作の1968年のドレスだそうです。ゴードンは実はグラフィック・デザイナーで、薔薇を入れた5つのモチーフを基に同様のドレスを創作していて“5つの異なるドレス”というタイトルで発表しました。それらはまるで壁に貼るポスターを身にまとったかのようなので、通称ポスター・ドレスと言われているそうなんです。
こんな色のバラが自然界にはないからこそ、はっと人目を惹きますね。通りの向こうから、このドレスを着た女性が歩いてきたら、間違いなく目を奪われてしまいます。
5つのドレス、興味がわいて探してみました。すると中でも一番センセーショナルだったのが人の眼がモチーフのものでした。ドレスの真ん中に大きく片目だけがデザインされているもので、これには正直薔薇より驚きました。他には猫、薬指が内側に折られている人の手、それに発射したばかりのロケットがデザインされていて、普通ファッションデザイナーだったら注目しないモチーフばかりのようなので、グラフィックデザイン的ドレスだと理解して “ポスタードレス” と名付けた人は大喜利力満点でしょう。
(写真:2007.13.1_01 by FIT Museum)
(写真:2007.13.1_02 by FIT Museum)
こちらも薔薇なんですが、色合いのせいか欄っぽくも見えますね。大ぶりの花が大胆でありながら、花びらの一つ一つは繊細です。
展示はドレスばかりでなく、1850年代から1920年代までの写真も飾られています。生花の薔薇、あるいは人工的な薔薇を身に着けた人々の写真で、監修の他ファッション討論会の解説もつとめたヘイエ教授によれば、“展示されている手製の刺繍を施したドレスは当時富裕層しか着られないものでした。一般的な結婚式では、ツーピースのスーツや帽子で着飾った花嫁が、それでも帽子に人口薔薇を飾ったり、あるいは薔薇のブーケを持ったりするだけでも、お祝いらしい華やかさを写真に表現することができたんですね。まさに薔薇の威力と言えるでしょう”と。
FITでは、定期的にファッション討論会を開催していますが、コロナ明けの今回は第24回で、薔薇の美しさ、そして薔薇にまつわる神話が、どのようにファッションに影響してきたかが話し合われました。ロンドンのファッション大学のエイミー・ド・ラ・へイエ教授が話し手として解説しています。イギリス英語の美しいアクセントが、アメリカ人にはチャーミングすぎて(笑)聞き取りにくいのか、英語の字幕が入っています。
https://www.fitnyc.edu/museum/events/symposium/ravishing-rose/index.php
(写真:72.81.38_01 by FIT Museum)
(写真:72.81.38_02 by FIT Museum)
こちらは金色の絹の薔薇で飾られたハット。1950年代のディオールの作品です。
メイン会場の、薔薇のドレス展示がされている部屋は“ファッションのローズガーデン”と名付けられているそうですが、へイエ教授はイギリス人なので、ローズガーデンの命名もなるほどと、うなずけられますね。
そんなローズガーデンの盛んなイギリスの国花は赤いバラの花だそうです。その由来というのがバラ戦争で、15世紀のこと。白薔薇がシンボルのヨーク家と赤薔薇がシンボルのランカスター家が激しく戦って、結果王位継承権を獲得したのがランカスター家だったということにさかのぼるそうです。
ちなにみに日本には正式に決められた国花というものはなく、センチメンタル的に桜、それに皇室の紋章の菊が国花のように扱われているらしいんですね。
(写真:2019.20.1_01 by FIT Museum)
(写真:2019.20.1_02 by FIT Museum)
赤い薔薇がゴージャスに飾られたこちらのバッグは、アレクサンダー・マックイーンのクリエイティブ・ディレクターをつとめるセーラ・バートンがデザインしたものです。イギリス人の彼女はロンドンのアート&ファッション大学を卒業後、1996年にマックイーンにインターン生として入社しました。その後2000年に女性服部門の責任者になると、マックイーンの服は人気が急上昇、女優のケイト・ブランシェットやグィネス・パルトロ―等が好んで着ている様子が盛んにパパラッチされるようになったそうです。
2010年、不幸なことにマックイーンが40歳という若さで自殺してしまった折、正式にクリエイティブ・ディレクターに就任する前から、そのブランドを支えたのが彼女でした。特にそう聞いたからというからだけでもないのですが、薔薇には棘があるように、美しいファッションにもその陰の部分があって人を痛めつけてしまう側面があるのかもしれません。
(写真:91.185.2_02 by FIT Museum)
(写真:91.185.2_ND_01 by FIT Museum)
ハルストンのこの優雅なドレスには“アメリカン・ビューティー”というタイトルがついています。真っ赤な絹のこのイブニング・ドレスは1980年の作で、80年代の華やかさを表しているようにも見えます。シンガー・マドンナがマテリアル・ガールで一躍スターダムに躍り出た頃の気配が感じられますね。
燃えるような、こんな深紅の薔薇そのもののようなドレスを着こなすには、よほどその女性自身にも迫力が要りますね。パッと咲き誇る大柄で大胆な美しさが。
ハルストン自身が、ファッション業界のスーパースターで、アメリカ的ファッションをシンプルさという特徴で位置づけた人物でもあります。特に彼のスタイルで世界的にヒットしたのが、ウエスト丈のシャツドレスでした。スターらしく、マンハッタンでは伝説のディスコ、Studio 54の常連でもあったそうです。このディスコ、実は2年と9ヶ月しか営業していなかったと聞きました。ライザ・ミネリが歌ったりして、シャーリーマクレーンはじめ当時の大物スターたちがこぞって押し寄せていたんですが、オーナーの脱税で閉められてしまったそうです。ネットフリックスがドキュメンタリー番組を作っていて、面白いんですよ。
(写真:P90.78.2_01 by FIT Museum)
こちらはイタリアの靴デザイナー、ブッソの1960年の作。靴は全体的にスウェードでできているんですが、緑のヒールの部分だけは金属を緑に塗っているそうです。踵をいれる部分が花びらのようになっていて、しゃれたデザインですよね。
レストランも賑わってきていて、ようやくマンハッタンにも社交が戻ってきている様子です。今年のホリデーシーズンはパーティも盛んに復活してきそうですね。この秋は大胆な花柄や鮮やかな色合いの服が流行なので、パーティドレスも薔薇や深紅が溢れそうで楽しみです。
ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。