今日は、マディソンです。
一年以上も閉まっていたブロードウェイ・ミュージカルが、秋からようやく再開されました。と同時に、ニューヨークの美術館もその展示に力が入ってきているようです。
大胆な展示を次々発表して話題を呼んでいるブルックリン美術館も、ディオール展を秋にスタートして、2月20日まで開催される予定になっています。このところ、街のあちこちでポスターを目にしますが、この白のエレガントなトップに黒の長めのプリーツスカート、1947年の春夏物として発表されたコレクションだそうです。第二次大戦が終わったのが1945年ですから、1947年というと大戦直後のコレクションになりますね。
(写真:Dior-BAR_affiche_HD by Brooklyn Museum Christian Dior (French, 1905–1957). Bar suit, afternoon ensemble with an ecru natural shantung jacket and black pleated wool crepe skirt. Haute Couture Spring–Summer 1947, Corolle line. Dior Héritage collection, Paris. (Composite scan: Katerina Jebb.))
この“ニュールック”という名前のスタイルは、ディオール氏自身がアメリカを訪れてニューヨーク店をオープンさせた数ヶ月前に発表されましたが、当時の新聞や雑誌で大々的にとりあげられて、一躍ディオールというファッションブランドの名前を世界に知らしめたそうです。
(写真:41.876_PS9 by Brooklyn Museum Giovanni Boldini (Italian, 1842–1931). Portrait of a Lady, 1912. Oil on canvas, 91 × 47.75 in. (231.1 × 121.3 cm). Brooklyn Museum; Anonymous Gift, 41.876. (Photo: Brooklyn Museum))
今回のディオール展には素晴らしいコレクションも多々展示されていて、眺めていてもため息が出てくる美しさですが、そんな彼自身が、一体どこからインスピレーションを受けていたのか、まるで謎を解き明かすかのように紹介されてもいます。
写真はイタリアの画家ボルディーニによるポートレイト・オヴ・ア・レィディという作品。印象画的画風で、フランス風ドレスをまとった肉感的で躍動感ある女性が表現されています。
(写真:42-21938058 by Brooklyn Museum Marlene Dietrich in Alfred Hitchcock’s Stage Fright, 1950, wearing the Acacia suit. Haute Couture Spring–Summer 1949. © Donaldson Collection/Michael Ochs Archives/Getty Images.)
次にディオール氏のインスピレーション源として紹介されているのが、マレーネ・デートリッヒ。彼女の魅力は、何といってもこの極細の眉毛と煙草ですね。こんなに煙草の似合う女優さんって他にいないと思います。きりっとしていて、スーツがとても似合うんですね。男性に守られるか弱い女性ではなく、対等なパートナーシップが築ける女性というオーラに包まれています。
デートリッヒはハリウッド映画で一世を風靡しましたが、元々はドイツ出身なんだそうです。彼女のきりっとした美しさに憧れて、極細眉が当時大流行したと聞いていますが、この眉の形が似合う女性はかなり限られてくることでしょう。
ゲイリー・クーパーと共演した“モロッコ”や、大ヒットした“上海特急”の彼女からは、巨大スクリーンの迫力を差し引いてもシビレル美しさがありました。それにしても、嫌煙権が浸透してしまった今からは考えられないことですが、当時は男優さんたちだけじゃなく、女優さんたちも煙草を堂々と吸っていましたし、しかも格好いいというファッションになっていたんですね。
(写真:49.139.18_front_CP4 by Brooklyn Museum Christian Dior (French, 1905–1957) and Guillaume (French, life dates unknown). Doll, Fashion (Afternoon Ensemble), 1949. Metal, plaster, hair, silk, straw, linen, 31 × 9 × 15 in. (78.7 × 22.9 × 38.1 cm). Brooklyn Museum; Gift of Syndicat de la Couture de Paris, 49.139.18. (Photo: Brooklyn Museum))
ディオールのコレクションをまとった人形も紹介されています。アンティークですが、堂々としていて迫力満点。ウエストを細く絞って、女性らしいボディラインが強調されていますね。このドレスは多分コルセットで腰回りを丸くふんわりスタイリングしていますが、扉のディオールの“ニュールック”は、もちろんコルセットなしに丸い曲線を出しています。
ファッションの歴史的にみると、第一次世界大戦後に、シャネルら先進的デザイナーが登場しましたが、そのストレートなデザインで、女性たちはコルセットから解放されたものです。とはいえ今度は第二次世界大戦が起こり、女性たちはおしゃれどころではなくなりました。ようやく終結して人々が平和をかみしめたその空気感のなかに、ディオールの丸くふんわりとした“ニュールック”が現れて、女性たちの心に深く刺さったということなのでしょう。
(写真:60.203.5_SL1 by Brooklyn Museum Paul-César Helleu (French, 1859–1927). Woman Seated, circa 1895. Drypoint on wove paper, 20.75 × 12.75 (52.7 × 32.4 cm). Brooklyn Museum; Gift of Rodman A. Heeren, 60.203.5. (Photo: Brooklyn Museum))
ディオール氏はフランスの画家、ポール・セザーのスケッチにもインスピレーションを受けたようです。セザーはフランス社交界の女性たちを、スケッチやパステル画で表現しました。
一方あまり一般には知られていないんですが、マンハッタン中央駅のグランドセントラルの天井に描かれた星座群、実はこれもセザーの作なんだそうです。金箔の12星座と、星は2500ヶもあるそうです。実はこの星座の絵というのは裏返しになっていて、その本当の理由は誰も知らないというミステリーがあるんです。
ただグランドセントラル駅創設者であるコーネリアス・バンダービルトは、星座は見上げる人の目線ではなく、神殿の神の目線から駅構内が見えるように描かれたから裏返しになっているのだと主張しているそうですが…。
実は天井のかに座の横のレンガ上に暗い斑点があって、1978年の修復前にはレンガはそれほど汚れていたそうなんですが、その理由を列車の煤だと皆思っていました。ところが実際には汚れの70%が人々の吸う煙草のニコチンやタールだったというのだから、やっぱり嫌煙権は健康だけでなく、文化遺産を残す意味でも正解なのでしょう。
(写真:EL200.083_cd_cr_1947_1947_ss_065 by Brooklyn Museum Sketch New York by Christian Dior for the Haute Couture Spring–Summer 1947 collection. Dior Héritage collection, Paris. © Christian Dior.)
さて、戦火に会ったヨーロッパとは違って、アメリカは戦場にはなりませんでした。当時世界大国にのし上がる勢いのアメリカに、ディオール氏は強く感銘を受けたそうです。この写真は1947年の春夏コレクションに向けて、ニューヨークを意識したディオール氏直筆のデッサン。扉の丸いふんわりとした曲線は描かれていませんが、それでもストンとしたスタイルではなく、女性らしさを曲線的に表現しようとしているのが伝わってきます。
(写真:1801_0048 by Brooklyn Museum Elizabeth Taylor wearing the Soirée à Rio dress when receiving the Oscar for Best Actress for her role in Butterfield 8, 1961. (Photo: MPTV Images))
1961年にアカデミー賞を受賞したエリザベス・テイラーの、このドレスの腰の曲線も間違いなくディオールのニュールックですね。
今回の展示は、壮大なスケールで街の話題になったので、ファッショニスタのオリビア・パレルモやクリスティーン・デイビスら著名人も次々ブルックリン美術館を訪れているのが、インスタグラムに上がっていました。
(写真:AF_BMA_D_Dior_Christian_BMA_Artist_Files_PS9 by Brooklyn Museum Fitting in a Christian Dior–New York salon with (left to right) Christian Dior, Raymonde Zehnacker, Marguerite Carré, Mrs. Knoll, and Mizza Bricard, 1948. Brooklyn Museum Libraries and Archives. BMA artist files)
ディオール氏が実際にモデルに試着させてデザインをチェックしている、貴重な写真も展示されています。
(写真:EL200.002_917_Parks by Brooklyn Museum Gordon Parks. Sylvie Hirsch in Dior skirt, Paris, France, 1949. Courtesy of and © The Gordon Parks Foundation)
今回の展示の特徴の一つとして、当時のファッション雑誌を飾ったディオールの特集ページも展示されています。20世紀後半は、ファッション雑誌の黄金期で、アーヴィング・ペンら素晴らしいフォトグラファーたちがファッションページを飾った時代でした。
(写真:EL200.022_GettyImages-873942734 by Brooklyn Museum William Helburn. Dovima Under the El, NY, 1956. © William Helburn/Corbis via Getty Images)
この写真など、先ほどの絵画を思わせる、ニューヨーク版ポートレイト・オヴ・ア・レィディといった趣ですね。
そういえば、2019年のネットフリックスの番組タイトルにポートレイト・オヴ・ア・レィディ・オン・ファイアーというのがありました。結婚を控えた女性と、その女性の肖像画を描くことを密かに依頼された女性の間で起こる、不思議な関係性を描いたドラマらしいですが、少しだけ話題になりましたね。
このタイトルは 香水にもありますし、小説にもあります。もっともフレドリック・マレーの香水の方は、19世紀に書かれたヘンリー・ジェイムズの同タイトルの小説にインスピレーションを受けたそうです。小説のストーリーはというと、自立に憧れていたアメリカ人女性が年上の男性に篭絡されて上流婦人となり、その中で苦悩し紆余曲折の末、再び自立へと向かう姿を描いて、ニコール・キッドマン主演でイギリス映画にもなりました。
ディオール氏だけでなく、ポートレイト・オヴ・ア・レィディ、すなわち“貴婦人の肖像画”という言葉自体に、人々のインスピレーションに働きかける不思議な何かがあるようです。
街のあちこちにディオール展の巨大ポスターが飾られています。ニュールックの女性が着ているのが白いシャツですが、ディオール氏、白いシャツには思い入れがあったようで、それらが一同に並べられた展示スペースも設けてありました。これは凄い迫力で、たくさんの人たちが写真を撮ってインスタに上げていましたよ。
実はディオール氏、占いにかなり傾倒していたそうで、コレクションの日取りを含め細かい日常生活のことまで専属の占い師に相談していたそうです。イタリアへのバケーションを予定していた彼が占い師に相談したところ、絶対に行ってはいけないと反対されたんですが、それでも敢行しました。彼がこのイタリア休暇中に心臓発作で亡くなってしまったのは有名な話です。
さて、如何でしたか。
大戦後の平和な世界に現れたニュールックと、コロナの惨禍を潜り抜けたニューヨークの街に現れた豪華な美しさが少し重なります。
ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。