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『アドラーの、古巣ソーホーに今年オープンしたアトリエを訪ねて』ニューヨーク・ニューヨークVOL.143

マディソンです。

今日は今年5月にオープンした、ジョナサン・アドラーのフラグシップ兼アトリエを訪ねてソーホーにやってきました。

内装のイメージチェンジを図るのがテーマのテレビ番組では、必ずといっていいほど紹介されつくしてきているアドラーの家具や小物ですが、その楽しい作品群を直にみられるとあって本当にワクワクしています。

どうやらセール中のようで、今日買うと25%ディスカウントされるとのこと。これも嬉しい限りです。

どうでしょう。家のドアを開けて、中がこんな感じだと一気にテンションあがりますよね。

3階建てで、6000スクエアフィート(557平方メートル)もの広さのフラグシップ店ですが、2階にはアドラー本社とブランドのデザイン・スタジオがあり、一階のこの小売ショップの奥には陶器製作のアトリエがあります。職人さんがどのように陶器を製作しているのか、実際にガラス越しに見ることができる仕掛けです。

2階の本社の経営チームやブランディングを考えるチームにしても、こんな風に階下に小売ショップがあれば、自分たちの考えがお客たちの需要にぴったり合っているのかどうか、すぐにわかるということですね。生の声が届きますから。



椅子の背もたれ以上に木が突き出ていて、その上椅子の素材が粗い材質、そのせいなのか椅子という生活の道具ではなく、まるで生きている動物のように少し見えませんか。

アクリル製の手も今にも動き出しそうですし、その手の中には巨大なピル・カプセル。なんていうんでしょう、遊び心以上の効果があります。

ジョナサンが創り上げたオブジェは美術館に飾られている品々に比べて、自由で、明るく、軽く飛び跳ねる印象があるんですね。

弁護士の父とアーティストの母を持つ彼は、アイビーリーグの名門ブラウン大学で美術史を最初学んでいたそうです。ところが自身も制作したいと思うようになり、近郊のデザインスクールで製作クラスに所属しました。そこでの彼の作品への評価は“軽すぎる、君には製作は向いていないよ”というものだったそうです。

ニューヨークだけで4店舗、世界中に11店舗、しかもテレビ番組に頻繁に登場して一世を風靡している彼のスタイルを“軽すぎる”と批判した教授は今、どんな思いで彼の成功を眺めていることでしょうか…。

教授の評価に打ちのめされた彼は、マンハッタンの芸能事務所にスタッフとして就職します。ただ芸能界は自分には合っていないと、陶器作家に転身するんです。“華やかな世界にせっかく安定した職を得たのに、全く保証のない陶器アーティストの道を選ぶことは本当に怖かった”そうですが、1993年バーニーズが彼の制作した陶器を買い取り、その5年後には最初のショップをソーホーに出すことができました。

1993年当時、バーニーズのクリエィティブ・ディレクターだったサイモン・ドーナンとは翌1994年にパートナーとなり、以来2人3脚で彼らはアドラー・ブランドを世界に広げてきました。陶器の次は家具制作に着手しましたが、ジョナサンはインタビューに答えて “製作が煮詰まったとき、いつもソーホーの街並み、そして人々がインスピレーションをくれたんだよ” と言っています。確かに、ソーホーからミートパッキングにかけての地区には今、世界中からハイブランドが集まってきていて、いえハイブランドばかりかインディーブランドも、つまり新旧ブランドがお互いのセンスを激しく競い合っていて、本当に刺激になるんですね。



ジョナサンは元々陶器作家なので、自然と家具の次には食器へと広げていったようです。

実は彼、アトランタ新聞のインタビューにこんな風に答えています。“僕のキャリアは全くのセレンディピティの産物なんだ”と。セレンディピティをテーマに、確か勝間和代さんも本を出されていますが、これはいわゆる単なる偶然ではなく幸運に繋がる偶然、例えばニュートンがリンゴが木から落ちるのを目にして重力を発見したように、何かに夢中になって寝ても覚めても集中しているとき、潜在意識の力を借りて起こるような、そんな偶然をさしています。

芸能事務所を辞めて陶器作家を目指した時、雨漏りするアトリエで苦戦する姿しか彼の心には思い浮かばなかったといいます。それでもどうしても陶器で身をたてたくて、とにかく作品を作り始めた彼の最初のブレイクスルーは、アエロというソーホーの内装デザインショップが、彼の陶器を置いてくれたことだったそうです。

フランスの有名女優のカトリーヌ・ドヌーブやデザイナーのジェフリー・ビーンら、セレブが次々彼の陶器のファンになり、そこでようやく彼自身の第一号店を出せたのがソーホーだったというわけです。

このランプスタンドも変わっているでしょう?とても立体的なデザインで。ローマのアーケードにインスピレーションを受けているそうです。

アドラーのアクリル製のオブジェにはさまざまな形があり、先述の手、このテーブルの上の紫のカタツムリや、キャンドルホルダー、さまざまな色と大きさの小物入れ、などなど…。

想うのは、アイビーリーグの名門校に入学を認められるくらいなので、ジョナサン青年はかなり学力が高く成績優秀者だったはずです。そんな彼が、大学院過程で学んだことを活かして作品を作るとき、その作品は美術館に置かれている非日常的作品ではないものの、それでも深い知性を醸し出しています。

こんなに自由で軽いタッチの作品でありながら、決して浅はかではない、深い落ち着きを感じるんですね。アーティストに学問は要らないし大切なのは感性だけという人たちがいて、確かにそんな種類のアートもあるとは思います。でも深く学術的にアートを学んだ人物だからこその、ストイックではない、バランスのとれた安心感を感じるんですね。

例えばこの壁を飾る肉感的な唇や、煙草、口紅といったモチーフは、ともすれば下品になりがちだと思うんです。でもジョナサンが描くと安心して家に飾れるアートになります。それを指して大学院の教授は軽いと評されたのかもしれませんが、そもそもアーティストの苦悩が伝わってくるような絵画を自宅に飾っても、くつろげるでしょうか。

アメリカの富裕層は総じて、高価なアートを家に飾りたがりますし、結果美術館のような家に住んでいる人も多々います。ただ家は本来くつろいで英気を養う場所だということを考えると、コンクリート打ちっ放しで天井の高い家に住んでも、果たして楽しいでしょうか。

反対に、アドラーフラグのような家は楽しいですよね。



フラグシップ内を見て回って、何かに似ている…と思っていたんですが、このアクリル製のウサギであっ!と気づきました。“不思議の国のアリス”の世界だったんです!!

米津玄師もアリスという曲でその世界観をカバーしていますが、原書の“不思議の国のアリス”は実はとても数学的で論理的だというのが、識者の意見です。だからこそ数学的知性の持ち主はみな、この本に魅せられるということらしいんですね。

本当に、静かで無機質な美術館が苦手な人には、このソーホーのアドラー・フラグを心からお勧めします。まるでアリスの世界に入ったかのような心地よさですから。

20ドルから30ドルという手の届く価格のキャンドルもありました。面白いのは通常キャンドルというとフローラルな香りが多いんですが、アドラーの場合にはトマトやスモモ、グレープフルーツに、お茶や海塩というユニークさなんですね。色も重々しくなく、ポップなラインナップです。

店舗内を案内してくれた、マネージャーのキンバリー。4年近くもアドラーに勤めている彼女でも、常々ジョナサンの天才ぶりに驚かされているそうです。

さて、如何でしたか。

その楽しさに際限がなく、ほんの少しだけトリッピィ、そしてぶっ飛んでいるアドラーの家具、食器、小物、壁アートなどなど、今日は“不思議の国のアリス”的世界をたっぷり堪能することができました。

ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。

『アドラーの、古巣ソーホーに今年オープンしたアトリエを訪ねて』ニューヨーク・ニューヨークVOL.143Takashi -タカシ-

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