マディソンです。
59丁目コロンバスサークルに位置するMAD, ファッション&アート美術館は、ファッションとアートというテーマの美術館のためか、ファッション業界が注目するアーティストをフィーチャーすることが多いですし、社会現象になるアーティストとなれば、テイラー・スウィフトのようなシンガーでも、そのコスチュームを展示するんですね。
だからといって、巷に迎合するわけでもなく、今回のシャーリー・ボイルのように、問題提起で少し私たちの意識をざわつかせる展示ももちろん行っています。
写真の展示の題は白い象。白いコスチュームの巨大な女性ですが、動物の象という表示。英語で“部屋の中に象がいる”と表現する場合、確かな問題がそこにあるというのに誰もそれに触れたがらない、という状況を指します。彼女が問題提起したいこと、それこそが部屋の中に象がいるという状況のようです。
1972年にカナダで生まれたシャーリー・ボイルは、今でもカナダのトロントに住んでいます。
陶磁を素材とした作品では、人間の社会的歴史をなぞったテーマが多いと言われていますが、今回の陶磁作品も見て楽しいとか美しいということではなく、不安にさせられるその中に深遠なテーマが隠れているという感じでしょうか。
展示のテーマが“私という宮殿の外側”なんですが、シャーリー曰く、それが一人一人であれ、集団というヒトという団体であれ、それらの内部や外部を作り上げることに影響する力を検証してみたいということだったそうです。
今回は自身の制作の限界をこえるべく、陶磁素材デザイナー、コスチューム・アーティスト、ロボット・エンジニア、アクリル・ネイリストらとコラボしました。
カナダ在住ながら、彼女の評価は世界中に届いているようで、2013年にはベネチアで開催された “ミュージック・フォー・サイレンス”でカナダを代表しました。彼女の彫刻は2017年には韓国のギョンギ国際陶磁ビエンナーレで特集され、2021年リトアニアのカウナス・ビエンナーレのために制作したビデオでナティシン財団賞とガーディン・イスコウィッツ賞を受賞、やはり同年オンタリオ・アートデザイン大学から名誉美術博士号を取得しています。
今回の“アウト・オブ・パレス・オヴ・ミー;私という宮殿の外側”はまず、トロントのガーディナー美術館で企画され、2022年にモントリオール美術館、2023年にはバンクーバー美術館を経て、ニューヨークのMADにたどり着いた模様です。
上の展示は、スカルプチャーに3色のライトをあてることで、それぞれの像がまるで生きているかのような錯覚を起こしています。
これまた奇妙に3つの人形を操る女性、しかもその女性の爪が恐らくネイリストとのコラボだというのでしょう。
シャーリーの作品はとても魅力的ではありますが、何に惹きつけられるのかが全くわかりません。この作品など、一つの魂の中に多々のキャラクターがいて、それぞれが場面において使い分けられているとでもいうのか…人間って複雑な生き物だということなんでしょうか。
シャーリーはアニミズム、精霊信仰に基づく作品も多々残しているようです。アニミズムとはあらゆる自然物に精霊が宿っているとする考え方で、宮崎映画に慣れ親しんでいる私たち日本人にとっては、決して不思議な考え方ではありません。
今では世界中の多様な文化の中にその要素が見つかるらしく、現在ではヒトとヒト以外の他者との関係を見直すための、重要な芸術的テーマとなっているそうです。宮崎映画の世界中での成功には、こうした背景も少なからず影響していることでしょう。
3色の巨大な女性たちが、一人の男性をさまざまな色彩に染めています。テイラー・スウィフトの、オール・ザ・ガールズ・ユー・ラヴド・ビフォー的な世界でしょうか。過去の女性たちによって教えられ成長した貴方を、その過去の女性たちの誰よりも愛しているという内容なんですが…。
おとぎ話は単純化されてはいるものの、その内容には人間とは何かという深いメッセージが込められているといいます。音楽は芸術の一つの分野で、そこには現代のメッセージが散りばめられています。だからこそ気に入った曲を口ずさむとき、その歌詞が体内に染みてくるように感じるのでしょう。
シャーリーはヒトの内部と外部(外部というのは団体としてのヒトということでしょうか)、そしてヒトに影響を及ぼすあらゆる力に強い興味を持ち表現するアーティストです。だからこそ、彼女の表現には、口にしてはならない不都合に触れた時のような、ある種の当惑を感じるのではないでしょうか。
さて、如何でしたか。
ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。