マディソンです。
MADという通称でニューヨーカーに親しまれているのはMuseum of Arts and Designですが、一般的には英語でMadというと狂ってるという意味になります。ただアイムMadなどという場合には狂っているのではなく、これは私は本当に怒っているという意味になるんですよ。でも美術館をMADと呼ぶ辺り、ニューヨーカーってエッジが効いていると思いませんか。
芸術とデザインに関する美術館というだけあって、ファッションに関する展示も多く、ファッション関係者の多いニューヨーカーにとってはお馴染みの美術館といえますね。
8番街の58丁目と59丁目の間のコロンブスサークルに面していて、丁度セントラルパークの南端でもあります。
コロンバスサークルの辺りはつまり、セントラルパークで少しゆったり南に歩いてきて、急に都会的な街並みが前方に開ける感じでしょうか。
3階ではクリス・シャンクの “オフ・ワールド” が展示されていました。
多くのアーティストがニューヨークやLAのようなアメリカ両海岸沿いに住んでいるのに対し、彼はインダストリアルなデトロイトにアトリエを構え、バングラデシュからの職人の手を借りて、その独特なティストの家具を製作しています。
オフ・ワールドというタイトルには、彼の作風が反映されていて、作品は一見地球環境の外から運ばれてきたサンゴ礁のようですが、その一方で古代文明の遺跡のようでもあるんです。つまりモダンアートでありながら、この宇宙ではない、別の宇宙人たちが使っている家具のような気もしてきて不思議です。
彼自身の言葉によると“現実世界の家具でありながら、ファンタジーでもあるんだよ。子供のベッドでロケットの形をしたのがあるだろう。もちろんロケットのように飛べるわけはないんだけれど、イマジネーションの強い子供たちは大喜びだよね。あんな感じさ”と。
このテーブルのタイトルは“インベージョン”つまり侵略だそうです。お互いがお互いの領域に侵略している関係、それはつまりお互いがお互い無しには生きられない共生関係でもあるのだと。
確かに意味はわかるんですが、でも暗闇でこのテーブルをみると少しギョッとしますね。実は彼は墓地に度々出向いてインスピレーションを受けてくるそうで、そんな感じは確かにあります。ただ何故出向くのかというと、死が誰にも訪れることを常に意識していたいからだとインタビューに答えていました。その彼の意識が家具作品に表現されているからなんでしょう。彼のデザインは、静かに佇むものではなく、それを見る私たちに挑んでくるかのようです。
下の写真のテーブルはまだ静かな感じですが、上の写真のオブジェはというと、まるで宇宙の生命体がおとなしい木にとりついて今にも飲み込もうとしているかのようで、不安感をあおってきます。それにしてもパワフルな作品で、素材の選び方もとてもユニークですよね。
芸術誌のインタビューに答えて彼は“どの作品を作るにあたっても、良いセンスに収まる作品には絶対にしないよう、敢えて曖昧なものになるように戦っているんだ”と言っています。完全でないことにこそ美しさがあるというのが、彼の信念なのだと。
1975年にピッツバーグで産まれた彼は、その後テキサス州のダラスで育ったそうです。デトロイトは車産業の街として知られている、いわばブルーカラーな街ですが、そんな街で移民である職人たちと創作する彼の作品はおきれいごとを許さないパワーに溢れていて、今アメリカで最も注目されているアーティストの一人となりました。
このライトもサンゴ礁のようですが、面白いのはライトの部分だけではなく、コードの部分まで延長することで、面白いライトというより、まるで生きているサンゴ礁が天井から降りてきているかのような錯覚が起きてしまうことですね。
一階下の2階に降りると、宝石ストーリーと銘打って、今度は全く違う整然とした空間がそこに開けていました。
1947年から現在までの宝石をそれらを身に着けた著名人たちを紹介しながら、その背後にあるストーリーを紹介していくというもの。これなどまさにMADらしい展示と言えるでしょう。
トーン・ヴィグランドはノルウェー出身のジュエリー・アーティストで、ここに展示されているように金や銀を素材としたアクセサリーで60年代に活躍しました。
3連の真珠のネックレスやダイヤがちりばめられた薔薇のようなデザインが主流だった頃に、このパンチの効いたデザインで、一味も二味も違った女性像を描いたことで人気を博したようです。
マリアンヌ・フェイスフルら、著名シンガーが好んで身に着けたことで知られていますが、最初はロックミュージシャン達やシンガーなど一部の人たちが好んでいたと聞いています。ところがその後70年代後半に入ると、女性らしいドレスに彼女のシンプルなシルバーのジュエリーを身に着ける女性たちが次々現れました。
これを見て少し驚いたんですが、警察のバッジに似せたジュエリーが展示されていたことです。説明書きによると、実は警察のバッジに似せたジュエリーは、何時の時代にもジュエリー市場の一部を形成しているそうなんです。というのも確かに、このバッジからは単なる飾り以上の権威を感じますが、その権威こそが抗議デモの対象になるということらしいんですね。
ウィリアム・クラーク作の星型のバッジは西部劇で保安官が付けていた形、その形に州警察という文字を彫ることで、これをつければ誰でも権威を持つことができるのかと、その権威というものの実態を試しているかのようです。
今回のコレクションはMADが保管する世界レベルのもので、年代としては1947年から現在までのものなんですが、実に幅広く紹介されています。先ほどの警察バッジを模した抗議デモ用のもそうですが、ジュエリーというよりは身に着けるアクセサリーと定義した方が正しいように感じます。
針のようにデザインされたヴィグランドのネックレスなど、優雅なアフタヌーンティ―に似つかわしくないばかりか、まとっている本人も快適とはいいがたい素材を使っています。そしてそこには、キラキラと美しいだけでないジュエリーという主張が確かにあるんです。
ここに展示されたコレクションはまた、アメリカ人アーティストによる作品だけでなく、ヨーロッパやアジアからの作品も紹介されていて、そうしたティストの違いがまた味わい深いんですね。
さらに今回の展示を面白くしているのは、誰がそれを身に着けたかという側面です。こちらのヴィヴィアン・シモヤマ作の“グラス―シーリング”というタイトルのブローチを身に付けたのが、クリントン政権時代に国務長官を務めたマデレーン・オルブライト女史でした。
グラスシーリングは直訳するとガラスの天井ということになりますが、本当の意味はガラス製の天井ならその先は見えるはずなのにたどり着けない、つまり人種や性別で昇進できない壁を指した言葉です。オルブライト女史は、女性で初めて第64代国務長官に抜擢されました。砕けたガラスは、彼女がそのガラスの天井を打ち砕いたという意味に重なります。(ちなみに写真で見に付けているものではなく、2つ並んだ下の方の作品です。)
シモヤマというくらいですから日系アメリカ人アーティストで、カリフォルニア州のロングビーチ市在住らしいですが、女性や非白人の社会進出を願うガラス・アーティストということで、カメラ・ハリス女史が副大統領に就任するにあたっては、ホワイトハウス2021というタイトルのブローチを製作しています。
60年代を代表するイギリスのモデル、ツィッギーが身に着けていたジュエリーも特徴的ですね。ミニスカートの女王として世界中で有名になり、当時は日本でも熱狂的な人気で森永製菓のチョコフレークや、トヨタの車のコマーシャルに登場したそうです。
ここに紹介されているジュエリーはウェンディ・ラムショーとデービッド・ワトキンスによる夫婦合作もので、セラミック素材のそのイヤリングは60年代のスゥィングな時代にマッチする色合いなばかりか、立体的な3D効果で人の眼を惹く仕上がりになっていますね。
さて、如何でしたか。
私たちがジュエリーを身に着けるとき、何となくその時のドレスや髪形、自分の外見を考えながら身に着けていますが、そこには必ず主張が隠れているということなんですね。また、家具を選ぶとき、自分の部屋はこうだから、素材が心地よいからなどという選択基準だけでなく、心の中の何かが強く影響していることもきっと確かなんでしょう。
MADの展示はとても刺激的で、ファッションがどこから来て何処に向かっているのか、いつも深く考えさせられます。
ではまた、ニューヨークでお会いしましょうね。