マディソンです。
ブルックリンに来ています。といって何時も来るウィリアムスバーグやダンボの方ではなく、サンセットパークと呼ばれる地域、ダンボからさらに奥に入る感じです。近くには歴史的遺跡指定の478エーカー(1.9平方キロメートル)もの広さのグリーンウッド墓地があるんです。セントラル―パークが840エーカーですから、ここはその半分以上という広さなんですね。
マンハッタンを訪れた人なら、日本食料品店のサンライズマートを目にしたことがあるかもしれません。そのサンライズマートのオーナーが、サンセットパークの倉庫を買って中を改造、ジャパン・ビレッジと称して一階には食料品店やフードコート、二階にはブックオフやダイソーといった日本ではお馴染みの店舗が入っています。地元の人たちにはとても便利と親しまれている場所だそうです。
サクラ・コレクションという団体が在ニューヨーク総領事館と共同で、このジャパン・ヴィレッジで着物生地を使ったファッションのコンテストを行いました。1等には日本行きの往復航空券も出るらしく、デザイナーの面々も気合が入っていると関係者が言ってましたよ。
コロンバス・デーの土曜日とあって、会場はコレクションを見ようという人で一杯です。1時から会場が開き2時開演なんですが、マンハッタンからの交通渋滞がひどく、私が会場に入ったころは開演ぎりぎりになってしまっていました。
でも大丈夫。コレクションを間近で見られないのではないかという心配は全くなく、招待してくれた知人がバックステージの責任者だったので、裏からしっかり見ることができたんです。
上の写真がコレクションの作品で、下は審査員が点数をつけている間のアトラクションとして踊りを披露したダンサーたちです。ダンサーの人たちも、着物生地を必ず一部は身に着けていました。
サクラ・コレクションの関係者によると、以前マンハッタンのダウンタウンのイーストビレッジで、やはり着物生地のファツション・コンテストを行ったことがあるそうです。イーストビレッジのあたりも、日本食料品店や日本食レストランが多い日本的な地域なんです。チャイナ・タウンほど広くはなく集中してもいないんですが、それでも美容室などの日本のサービスが多い地域でもあります。
コンテストの後、関係者の打ち上げパーティがジャパン・ビレッジの2階で行われたので、その後はブルックリンのホテルに一泊しました。一夜明けてコロンブス・デーの週末の日曜日早朝に、ウーバーでマンハッタンに向かっています。こちら側から街に入ることがまずないので、不思議な眺めです。
サンセットパーク辺りには全く土地勘がないので、ジャパン・ビレッジの近くに歴史的遺跡に指定されている墓地があることを、事前には知りませんでした。知っていればもう少し時間にゆとりのあるスケジュールにして、午前中見て来たかったんですが…。打ち上げの後は日が暮れていましたし、いくらハロウィンが月末に近づいているとはいえ、広大な墓地を日が暮れそうな時刻に訪れるのはちょっと怖いですしね。朝はでも7時から開いているそうです。次回ジャパン・ビレッジを訪れることがあったら、是非行って見たいと思っています。
さて、早朝のマンハッタンはバリケードだらけで、ウーバーの運転手さんが舌打ちしていました。何かのパレードの準備のようです。月曜日のコロンバス・デーがパレードでバリケードされることは予想がつきましたが、前日日曜日の今日もそうとは思いませんでした。
アメリカではコロンバス・デーと言われているんですが、日本ではクリストファー・コロンブスが1942年10月12日にアメリカ大陸を発見した日にちなんで、“コロンブスの日”といわれているそうですね。
ヨーロッパ大陸の人々にとっては新大陸発見ということになるわけなんですが、元々アメリカに住んでいたネイティブ・アメリカンの人々にとっては、自分たちの住んでいた場所が発見されてしまったということになってしまいます。現在は人種の違いを超えて愛国心を認識する日として、合衆国連邦政府はコロンバス・デーを公式な祝日としていますが、とはいえ政府機関や学校も州によっては休んでいない場合もあるそうです。
これはどうやらプエルトリコの人たちのパレードが行われる、その準備だったようです。
クリストファー・コロンバスはイタリア人だったというのが通説のようで、月曜日にはイタリア系移民の人たちのパレードが大々的にマンハッタンで行われます。そのパレードでは35,000人以上のアーティストと100以上もの団体が大活躍で、5番街はミッドタウンの44丁目から上り、セントラルパーク沿いにアップタウンの72丁目辺りまで伸びて行われると聞いています。
ちなみに、ハワイ、アラスカ、オレゴン、サウスダコダらの州ではコロンバス・デーを認めてはおらず、サウスダコダ州はコロンバス・デーの代わりにこの日をネイティブ・アメリカンの日と真っ向から対抗しているそうです。カリフォルニア州バークレーでも、1992年以来この日を先住民の日と呼ぶことに決めたと聞きました。
そんな大人たちの思惑はどうあれ、ただ嬉しそうに民族衣装をまとっているこの少女のように、何の日であれ、学校がお休みでお祭り騒ぎができるのは子供たちは楽しいようですね。
プエルトリコの少女たちがパレードの準備をしている場所から、5番街を挟んだ通りの向かい側に、ワンダーランド・ドリームズという看板が上がっていました。
ルイス・キャロルの“不思議の国のアリス”からインスピレーションを受けてできたらしいんですが、去年流行ったゴッホ展やただ今開催されているクリムト展のようなプロジェクション・マッピングを使ったデジタルアート展ではなく、手書きによる2次元アートなんですね。
26,000スクェアフィート(2,415平方メートル)もの広さの会場の、キャンバスを飛び出して壁や床に描かれた絵は、デジタル効果を使わなくても多次元的空間を生み出していると紹介されていました。アメリカ人アーティストのアレクサ・ミードによるものらしいです。
大きなトランプ、秘密のバラ園、マッド・ティーパーティなどアリスではお馴染みのテーマの部屋が20室あり、まるで不思議の国を散策しているかのようだそうです。今日は早朝過ぎて開いていませんでしたが、こちらも次回スケジュールに余裕があるときに是非訪ねてみたい場所の一つです。
さて、もう1件の次回訪れてみたいシリーズがこちら。5番街42丁目と43丁目の間に新しくできたウェブ3ギャラリー。世界で唯一のウェブ3ショップという看板が出ています。
以前ダウンタウンにNFT画廊を訪ねたことはありますが、こちらはNFTを所有している誰も、遠隔からそのNFTを一般に見せたり、売買したりできるショップとのこと。今年6月半ばからオープンしているそうです。ウィンドー・ディスプレイが、まるで銀行の貸金庫を思わせるのも、なるほどと思えますね。
これは5番街を入ったところにある、バレリーという名前のレストランの看板。
レストラン自体はとてもクラシカルな内装で、フィッツジェラルドの小説の“華麗なるギャッピー”にちなんだ、ギャッピー・ラウンジがあるそうです。ただひとこと言わせてもらうなら、絶対にオードリー・ヘプバーンに肖像権の許可をとっていないですよね(笑)。
それに二言目としては、このイラストのオードリーは“ティファニーで朝食を”からのもので、“ティファニーで…”はフィッツジェラルドの作ではなく、トルーマン・カポーティ作です。映画で“華麗なる…”を主演したのはレオナルド・ディカプリオなので、ここに描かれるべきはスーツ姿のディカプリオではないでしょうか。なんというか、日曜朝からツッコミどころ満載の看板を目にして楽しませてもらいました。
こちらが今マンハッタンに多々増えてきているペンシルタワー。細く高く天に伸びている様子が鉛筆のようなので、そう呼ばれています。2007年に初めてワンマディソンパークやスカイハウスという細長い建物が現れたのが始まりだとのことです。
ただなぜ増えているのか不振に思っていたところ、建築家の説明でなるほど!と思ったんです。マンハッタンの区画法はかなり複雑で、一定地域内で建てられる建物の面積を制限しているらしいんです。ところが、その規制法には抜け穴があり、空中権なる権利を、一つの区画から別の区画に移すことができるそうなんですね。なので開発者はまず小さな土地を買い、隣接区画の空中権を購入、これを積み上げることで高層タワー建設の許可を得ることができるらしいんです。
もちろん建設技術の発達も、そんなペンシルタワーの建設に一役買っていると聞きました。
さて、如何でしたか。
コロンバス・デーの週末はマンハッタンはもちろん、お隣のブリックリンも、ニューヨーク全体が大賑わいでした。それでも古くからあるのに知らない場所や、また新しく街の風景に加わっている場所があって、ニューヨークって本当に飽きないところだと思います。
ではまた、そんなニューヨークでお会いしましょうね。